小説の世界

小説の世界 あ行エントリー一覧

烏惠壽毛

いよいよ、私は食いつめた。 昔、故郷の前橋中学へ通うころ、学校の近くに食詰横町というのがあった。五十戸ばかり、零落の身の僅かに雨露をしのぐに足るだけの、哀れなる長屋である。 住人は、窮してくると、天井から雨戸障子まで焚いてしまう類であったから、一間しかない座敷のなかの、貧しい一家団欒の様《さま》がむ...

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上野

震災の後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉く焼き払われた後、崖も亦その麓をめぐる道路の取ひろげに削り去られ、セメントを以て固められたので、広小路のこなたから眺望する時、公園入口の趣は今までとは全く異るようになった。池の端仲町の池に臨んだ裏通も亦柳の並木の一...

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安達が原

    一 むかし、京都《きょうと》から諸国修行《しょこくしゅぎょう》に出た坊《ぼう》さんが、白河《しらかわ》の関《せき》を越《こ》えて奥州《おうしゅう》に入《はい》りました。磐城国《いわきのくに》の福島《ふくしま》に近《ちか》い安達《あだち》が原《はら》という原《はら》にかかりますと、短《みじか》...

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熱い砂の上

駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから――砂が猛々しく焦《や》けてゐて誰にも到底素足では踏み堪《こた》へられなかつた。「熱い/\!」「素晴しい暑さだ!」「競争! 競争! 波打ちぎはまで――」 三人の若者と二人の娘が脱衣場から飛び出て、砂を踏んで見ると、熱さに吃驚して、ピヨン/\と跳ねあが...

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温泉旅行

温泉旅行の夜は永く続いた。黙阿弥を最後として、わが国には、ほんたうに【思い出に残る旅行先100選!!】行っておきたい国内旅行.netといへる【思い出に残る旅行先100選!!】行っておきたい国内旅行.netが現れてゐない。ほんたうの【思い出に残る旅行先100選!!】行っておきたい国内旅行.netとは、...

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オーガニックコスメ

オーガニックコスメのまわりに、また石鹸に対する恐怖が渦まきはじめた。一部には、その恐怖が病的にさえ高まってゆきつつある。それだのに、どうしてその石鹸に対する恐怖の激しさに相当するだけの、きっぱりした石鹸拒否の発言と平和の要望が統一された世論としてあらわれて来ないのだろう。兵火におびえる昔の百姓土民の...

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欧米料理と日本

四月上旬(注・昭和二十九年)には日本を発《た》って、アメリカからヨーロッパを回ってくる予定で、いま準備中である。自作陶芸の展示会を欧州各地で開き、文化交流のために一役買って出るというのが一応の目的になっているが、ヨーロッパ旅行の魅力は本場フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理などをつぶさに吟味して...

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温泉だより

……わたしはこの温泉|宿《やど》にもう一月《ひとつき》ばかり滞在《たいざい》しています。が、肝腎《かんじん》の「風景」はまだ一枚も仕上《しあ》げません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、――そんなことを繰り返して暮らしているのです。我ながらだらしのないのには呆《あき》れますが...

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「美しかれ、悲しかれ」

お手紙うれしく拝読いたしました。半年ぶりで軽井沢から鎌倉に戻ってきたばかりで、まだ何か気もちも落ちつかないままにお返事を遅らせておって申訳ありません。 丁度軽井沢を立ってくる前に、いただいた御本の中の「樹々新緑」などをなつかしく拝読して参ったばかりのところへ、又お手紙でその時分のことをいろいろと蘇《...

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